海外情報紹介 英国の空港容量拡大のためのヒースロー第3滑走路建設について(英国交通省「Airports: The Government's View, Summary document」より)

 空港容量拡大のため、英国政府はヒースロー第3滑走路建設を推進することを決定したという政府声明が10月25日に交通省から出されました。経済成長を重視する賛成派と環境影響を問題にする反対派の間で以前より様々な議論が出ている話題ですが、テリーザ・メイ政権がひとまず政府としての方向性を決めました。ただ、この決定については4つの自治体とグリーンピースによる訴訟が予定され、建設反対運動も衰えていないことから実際に建設が開始されるまでにはまだ紆余曲折がありそうです。
 BBC NEWSでも多くの記事が掲載され、英国での関心の高さが窺えます。皆さまのご理解の助けになればと思い、以下に交通省による資料「Airports: The Government's View, Summary document, Moving Britain Ahead, October 2016」からの抜粋を掲載します。

概要
 英国では1940年代以降サウスイーストイングランドに滑走路を新設していない。現在ヒースローは2本の滑走路を持つ空港の中では世界で最も繁忙な空港で、ガトウィックは1本の滑走路を持つ空港の中では世界で最も繁忙な空港となっている。そのため両空港を利用するエアラインは今以上に効率的な運航をすることが難しくなっている。結果、遅延発生が増え、運賃が上昇し、成長市場との間の効率的な路線運航が不可能となっている。何か対策を講じない限り2040年までにロンドンの空港は容量を使い果たしてこれ以上の成長の余地が失われてしまう。
 その間も英国と競合する欧州の空港では滑走路新設が行われてきた。英国のハブ空港であるヒースローは容量いっぱいで運用されているにもかかわらず、パリ、フランクフルト、アムステルダムには容量に余裕があり、中国や南米のような成長市場への路線開設が可能である。これらの競合空港はヒースローの容量拡大が困難なことによる恩恵を受けており、過去数年間の成長は目覚ましいものがある。
 中東においてもドバイ、アブダビ、カタール、イスタンブールのようなハブ空港が競合空港として成長を続けている。ヒースローは国際旅客数では2015年にトップの座をドバイに奪われた。英国経済が健全な状態で競争力を維持するためには世界とのつながりを保つことが欠かせない。
 英国の空港容量拡大に関する検討を行うため、2012年秋に空港委員会が設立された。この独立組織が目指したのは欧州で最重要の航空ハブという英国の立場を維持し続けるための選択肢を特定し、推奨することであった。ハワード・デイビス氏が委員長を務めたため、デイビス委員会と呼ばれることもある。
 空港委員会は7つの討議資料、評価の枠組み、中間報告書、最終報告書を公表した。数多くのpublic evidence sessionsを含め150回を超える会議を主催した。委員会は英国内や海外の空港、機体やエンジンのメーカー、transport providerや拡張の影響を受ける地域を訪問した。委員会は専門家や利害関係者や一般からの意見を聴取して証拠を収集するための3度のcalls for evidenceを行い、最終候補に挙げた3つの選択肢と、テームズ河口内空港の新設の可能性について詳細な評価のための協議を行った。
 この委員会の作業は英国内でこれまで行われたインフラプロジェクトの中でも最も包括的に行われた作業の1つである。
 委員会の最終報告書公表後、以下を含め、交通省はさらなる証拠固めのための作業を行った。
・建設計画による影響を軽減するための、騒音、土地補償、大気質と雇用とapprenticeships に関する可能な限り最良の方策一式の確保
・大気質に関する委員会作業の感度試験
・委員会が行った広範な経済や地域経済への影響分析の確度の向上

 ヒースローへの滑走路新設で最大限の経済利益や雇用の創出が実現すると見込まれ、2030年までに38,000から77,000の雇用が創出され、交易が広がることによる利益は別として、最大610億ポンドの経済効果が見込める。委員会の分析では空港容量拡張によるGDPへの経済効果の大部分はサウスイーストイングランド以外の地域で実感されることが判明した。特に航空に依存する観光産業や金融サービス、創造産業、保険、専門的なサービス、工学や調剤学のような部門での成長が容量拡大によって後押しされることになろう。
 ヒースローは現在英国の長距離便の約70%を運航している。滑走路新設によって2040年までにさらに長距離便用座席を1,600万席増やせると期待される。
 委員会の予測では滑走路新設によりヒースローを使用する国内旅客数が2030年までに2倍に増加する。既存の国内路線を確保しつつ新規の路線を開設することが可能となる。ヒースローは6つの新路線開設を提案している。これにより合わせて14の国内路線を運用し英国中に空港拡張の恩恵が行き渡ることとなる。既存路線についても利用できるエアラインの選択肢が増え、路線によっては運賃が安くなるだろう。

環境影響の軽減
 空港拡張による地域社会や環境への影響を軽減するため、最大26億ポンドの騒音軽減策や地域社会への補償が予定されている。これによりヒースローでは環境や地域社会への影響軽減のために世界の他空港に勝るとも劣らない方策が提供されることとなる。

 騒音については夜間飛行禁止の時間帯が現在よりさらに1時間30分延長されて6時間30分となる。また、上空を航空機が通過する地域社会において、日中も航空機騒音の休止が見込める時間帯が確保される。新滑走路のオープンまでに、より音の静かなボーイング787やエアバスA320NEOのような次世代航空機が数多く導入されると予定されている。滑走路の位置によりロンドン中心部ではより高い高度で飛行することが可能になり、空港では騒音削減のための急勾配の降下方式が現在試行されている。

 空港は家屋の防音工事に7億ポンドを超える費用の割り当てをこれまでに行ってきた。現在の防音工事の対象はおよそ40,000軒だが、リッチモンドからウィンザーまで160,000軒を超える家屋が将来何らかの防音工事の対象になるだろう。

土地の補償
 滑走路新設のために家屋の買い上げが予定される不動産所有者については市場価格の125%で買い上げられ、印紙税、法定手数料、引っ越し費用も補償される予定である。北西滑走路建設予定地に近接しているが強制収用の対象ではない村落の3,750軒の家屋所有者についても希望があればこの補償の対象になる予定である。

大気質の規制値と排出炭素
 昨年12月以降の検証作業により、政府はヒースロー北西滑走路が大気質を悪化させることなく実現可能であるという確証を得た。
 交通省はまた、英国財務省や環境食糧農林省と共同で大気質に関する作業グループを立ち上げた。これにより、大気質の大幅な改善が期待できる10年間のプロジェクトが開始される。
 また、気候変動に関する英国の約束を守りながらの滑走路増設の実現は可能だという委員会の評価と政府の意見は一致している。拡張によって空港利用者による道路交通の増大はなく、旅客の半分以上が公共交通機関を利用するよう目指すことをヒースローは約束した。建設作業では低カーボンの地元調達資材を使用することになっている。 

これからの予定
 年明けに政府は英国政策綱領案(NPS)を協議にかける予定である。国家的重要度の高いインフラプロジェクトで計画承認を得るために順守が必要な内容を申請するための計画政策をNPSで提示する。このプロセスは公正さを損なわずにできる限り速やかに策定される。
 このプロジェクトに関心のあるすべての者は政府に対して意見を述べ、新しい証拠を提示する機会がある。議会でさらに精査を行った後、国策になる前に下院での票決が行われる。この政策が採用された場合、空港の運営者は詳細な計画申請書を提出することが可能となり、ハイレベルでの議論は終了して計画検査官による検討の再開はないという確信を得られることになる。
 空港ではまた、地元の地域社会やエアラインや旅客との間で拡張計画に関する詳細な協議を独自に開始することが必要となるだろう。ヒースロー北西滑走路新設計画では協議の内容を受けて詳細設計を変更することが現在及び将来において可能である。

参考資料: 政府声明:https://www.gov.uk/government/news/government-decides-on-new-runway-at-heathrow (原文)
(試訳)
関連資料:https://www.gov.uk/government/collections/heathrow-airport-expansion


世界のハブ空港の旅客数動向、「Airports: The Government's View, Summary document, Moving Britain Ahead, October 2016」より