ロンドン・ヒースロー空港(EGLL / LHR)
1. 概況
1.1 空港の概況
ロンドン・ヒースロー空港(以下、「LHR空港」)は、欧州を代表する国際空港である。もともとは1930年に私有の飛行場として出来たが、第2次世
界大戦前にロンドンの南にあったクロイドン飛行場(現在は廃止)の代替飛行場として使われるようになり、その後英軍の接収を経て1946年3月31日に民間空港として開港した。空港はロンドン中心部から西に21 km離れたロンドン・ヒリンドン特別区に位置しており、空港周辺は西方を除いては住宅地等に囲まれているため、騒音問題が深刻であり、規制が厳しいことで有名である(図1)。
LHR空港は欧州随一の輸送量を誇る空港であり、2018年時点において、就航路線は203路線(84か国)、航空会社は84社が利用している。主な目的地はニューヨーク、ドバイ、ダブリン、アムステルダム、香港などである。2019年の年間離着陸数は475,861回、旅客数は80,884,310人、貨物輸送量は1,587,451トンである。空港ターミナルは第5まであるが、第1ターミナルは老朽化の為2015年6月に閉鎖・解体され、現在は4つで運用している。
空港の所有者はヒースロー・エアポート・ホールディング・リミテッド(旧BAA:2012年10月社名変更、他にヒースローエクスプレスを運営)であり、実際の空港運営はヒースロー空港株式会社(HAL:Heathrow Airport Limited)が行っている。管制サービスプロバイダはNATS(National Air Traffic Services)である。
図1 ヒースロー空港と周辺地域
1.2 環境対策の概況
LHR空港は欧州随一の運航数であるにもかかわらず、内陸に位置しており、空港の東側を中心に住宅地が広がっているため、環境対策の実施が不可欠な空港である。環境対策の歴史も古く、1950年代に北滑走路東側にあるクランフォード地区と09 Lの離陸を実施しないという協定が結ばれている。現在も、発生源対策、運航方法の工夫、周辺環境対策など空港独自の対策を積極的に取り組んでいる。運航方法については、あらかじめ設定された時間で滑走路の運用を変更し、騒音影響が少ない地域・時間帯を創るレスパイト方式を採用するなど、様々な工夫をしている。着陸料金は最大離陸重量に依存せず騒音と排出ガスだけで評価する世界で例がない非常に特徴的な料金体系を採用している。
一方、慢性的な空港容量不足が問題となっており、2016年に英国政府は第三滑走路の新設計画を発表した。その後計画は議会の承認を得られたが、建設反対の自治体から建設計画方針決定時のプロセスについての瑕疵を問う訴訟が提起され、2020年2月控訴裁判所が訴えを認めたため、建設計画は見通しが立たない状況となっている。
2. 空港運用状況
2.1 滑走路の配置
図2 ヒースロー空港の滑走路配置と運用割合(2018年)
LHR空港は東西方向の二本の滑走路で構成されている。滑走路の間隔は約1400m離れており、オープンパラレル型の配置である。また、RWY09L及 び09Rは着地点の移設が行われており、全ての滑走路方向にCATⅢ ILSが設定されている(表1、図2)。
表1 LHR 空港の滑走路諸元
滑走路諸元 | 着地点の移設 | |||
方向 | 滑走路長(m) | 幅(m) | 移設距離(m) | 残距離(m) |
09L | 3902 | 50 | 309 | 3593 |
27R | / | / | ||
09L | 3660 | 50 | 308 | 3352 |
27R | / | / |
2.2 時間帯別や機種別の運航状況
LHR空港は、「英国空港スロット割り当て規則2006」により、一定時間帯のスロット値が定められている。具体的には、表2のとおり、5時台から21時台までの1時間値が定められており、そのほかにも既得権益割り当てがある。
表2 LHR 空港のスロット値
時間帯 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 | 13 |
着陸 | 39 | 39 | 39 | 46 | 41 | 41 | 40 | 43 | 40 |
出発 | 25 | 46 | 40 | 46 | 43 | 43 | 42 | 43 | 46 |
時間帯 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
着陸 | 38 | 44 | 40 | 46 | 42 | 40 | 42 | 26 | 40 |
出発 | 44 | 45 | 42 | 45 | 45 | 44 | 30 | 33 | 46 |
図3に時刻別運航回数及び機種別運航回数を示す。上段図から、7時から22時にかけて1時間当たり80回程度の運航があり、2本の滑走路でスロット値に近づくような運用が続いている。朝6時台も50回程度と多くの運航(主に着陸)がある。夜間のカーフュー(運航禁止)時間はないが、空港が自主的にスケジュールの停止時間を設定しているので、深夜の1時台から3時台にかけては離陸、着陸ともに行われていない。4時45分から着陸が許可されるため、4時台から6時台にかけて、北米やアジアからの着陸便が集中する。これらの中にはB777、B744、A380などの大型機が多数含まれているのが特徴的である。23時台も10回程度の運航があるがこれらはすべて、22時台までにスケジュールされた便が遅延しているものと考えられる。
下段図の機種別運航状況を見ると、A320シリーズが圧倒的に多く全体の半分強を占める。A320 Neoの運航数も6%程度ある。単通路機以下を小型機と定義した割合では62%に達する。欧州域内は小型機を用いることがほとんどである。一方、アジア・アメリカの長距離路線では、LHR空港に発着回数の制限があることも要因となって、中大型機の割合が他空港より高く、その中心はB777, B787, A330である。B744, A380の大型機も一定数の運航がある。
図3 時刻別離着陸回数と機種別運航回数
(2018 . 12 . 13 の例、Flightrader 24 から)
2.3 滑走路の運用状況
空港東側の住宅地への影響を考慮して、西風運用を優先としている。表3の滑走路別離着陸割合を見ると、西風運用が65%、東風運用が35%だった。西風運用時は、南北の滑走路を離着陸ともに均等に使っているが、東風運用時は偏りがあり、ほとんどの運航が09R離陸、および09L着陸で処理される。6章で後述するが、西風運用時は使用する南北の滑走路を時間で切り替えるレスパイト方式をとるが、東風運用時にはその方式が実現できていないことによる。
表3 LHR 空港の滑走路別運用方向別比率(2018 年)
離着陸 | 西風運用(27) % | 東風運用(09) % | |
北側滑走路 (09L/ 27R) |
離陸 | 31.9 | 0.05 |
着陸 | 32.6 | 32.9 | |
南側滑走路 (09R/ 27L) |
離陸 | 32.7 | 35.3 |
着陸 | 32.0 | 2.6 | |
計 | 64.6 | 35.4 |
合計は、離着陸全体を分母とした東西運用比率 %
3. 空港周辺の土地利用状況
LHR空港周辺は、特に空港東側地域で人口密集地が存在する。空港西側地域は貯水池などが広がり、郊外地域である。英国では、CAA(民間航空局)がEU Directive 2002/49/EC( Environmental Noise Directive :END)を受けた戦略的ノイズマッピングを行う。CAAはこれまで、2006年、2011年、2016年とその調査結果を公表しているが、2016年調査結果によれば(図4)、L den 70 dB以上の地域に4,500人(1, 400戸)、65~70dBには41,000人(13,600戸)、60~65dBには148,000人(57,000戸)と騒音影響を受ける人数は大きい。なお、2006年の騒音コンターと比べると、2016年コンターの面積は19%縮まり、影響人口は6%少なくなった。しかし、コンター面積は減りつつあっても、騒音エリアに流入してくる人はなくならないらしい。
図4 Lden コンター(2016 年)と人口・住宅分布 出典:CAA (2018)
4. 環境負荷を考慮した着陸料金
LHR空港の着陸料は航空機の最大離陸重量などに依存せず、騒音(ノイズチャージ)と排出物(エミッションチャージ)のみで決定する。これは世界
的にも例がなく、非常に特徴的な料金体系である。
表4に騒音課金の料金表を示す。騒音区分はICAO騒音証明のChapter 3基準から離陸、側方、着陸の所定の三地点における余裕値(騒音証明値と基準値の差)の合計(累積マージン)の大きさに応じて6つのカテゴリーに区分される。そのカテゴリーごとに料金が設定されている。1996年の導入以来、騒音区分や騒音料金は、定期的に見直しされている。現在の騒音区分は、ICAO騒音証明のChapter 14基準を取り入れるため、2017年に区分と料金を一新した。その後現在(2020年)に至り、区分は変わらないが、料金は毎年更新されている。別の解説記事「環境負荷を考慮した着陸料金」も参照されたい。
「Chapter 4 Base」(マージン量15以上17未満)を基準とした場合(通常時間帯1,475 £/1回)、Chapter 3機は3.89倍(同5,738 £)の料金を課す。一方、最も低騒音のChapter 14 Lowでは0.33倍(同492 £)まで優遇措置をとる。さらに、23:30~6:00の間にスケジュールされていない航空機の運航には通常料金の5倍を課す(2019年までは2.5倍だったが改定された)。この料金表の目的は、Chapter 3基準機の排除(空港会社HALは2020年までにゼロとすることを目指しており、2019年時点で0.03%程度しかない)と低騒音機の導入促進である。
排出物課金は2004年に導入された。課金額は、ICAO Engine Emissions Databankにある該当する機種・エンジンのLTOサイクルにおけるNOx排出量(kg)に、16.84 £を乗じて算定する。
Movement Charge ( 2020年)
騒音カテゴリ | Chapter 3 | Chapter 4 High |
Chapter 4 Base |
Chapter 14 High |
Chapter 14 Base |
Chapter 14 Low |
累積マージン*1 | 10未満 | 10以上15未満 | 15以上17未満 | 17以上20未満 | 20以上23未満 | 23以上 |
通常(£)*2 | 5,737.66 | 1,967.20 | 1,475.40 | 1,147.35 | 819.67 | 491.80 |
Night Quota Charge (£)*3 |
28,688.30 | 9,836.00 | 7,377.00 | 5,737.65 | 4,098.35 | 2,459.00 |
*2 着陸または離陸の1回当たり単価、 参考までに2019年までの料金表は1着陸当たりの単価
*3 Night Quota Period (23:30 - 6:00)においてスケジュールされていない航空機が離着陸する場合に課される料金
5. 空港周辺環境対策
5.1 評価指標と基準
英国でもEU Directive 2002/49/EC(欧州騒音指令、END)に基づき、騒音に影響される人口減を目指し、LdenおよびLnightで影響人口・面積の把握とそのマッピング、騒音削減計画を推進する。
航空機騒音対策に関連する評価指標は等価騒音レベル(LAeq)が用いられる場合が多い。LAeqの評価時間帯には7:00~23:00の16時間、23:00~7:00の8時間が用いられる。日本では1日を単一の指標で表すL denで環境基準値や騒音対策区域を決めているが、英国では日中と夜間の騒音を分けて別の指標を使い、それぞれで対策区域、内容を決めている。夜間の騒音が大きな地域では、夜間の静穏環境を提供する防音工事を行う対策をしている。
騒音に応じた土地利用の目安として、かつて環境省がPlanning Policy Guidance 24(PPG 24)を示していた。PPG 24は道路、鉄道、航空機などの交通
騒音に対する環境保全と地域計画の指針であった。2012年にそれは廃止され、代わってNational Policy Planning Framework(NPPF)が施行された。NPPFは環境面において持続可能な開発を目指すことを前提としているものの、環境基準に相当するような交通騒音のレベルを示していない。
5.2 騒音対策の枠組み
法律(Civil Aviation Act 1982)に基づく対策は、LHR空港の責任として行われたが、すでに実施済である。
国は、環境と生活の質を尊重しつつ航空の成長とバランスをとることをAviation Policy Framework(APF)で示しており、関連法案で空港管理者が環
境対策のために騒音料金等を課すことを認めている。そのポリシーとENDを背景に、空港管理者は騒音対策計画(Noise Action Plan : NAP)定め、
周辺環境対策を行う。現在LHR空港周辺で実施している対策は空港会社HALがNAPに基づき実施するもので、公共施設の防音工事、住宅の移転補償、住宅防音工事などが行われている。
騒音に応じた土地利用の目安として、かつて環境省がPlanning Policy Guidance 24(PPG 24)を示していた。PPG 24は道路、鉄道、航空機などの交通
騒音に対する環境保全と地域計画の指針であった。2012年にそれは廃止され、代わってNational Policy Planning Framework(NPPF)が施行された。NPPFは環境面において持続可能な開発を目指すことを前提としているものの、環境基準に相当するような交通騒音のレベルを示していない。
5.3 補償(防音工事・移転)
現在HALが実施している防音工事プログラムは表5の通りである。住宅防音工事を日中騒音と夜間騒音に分けて対策を行っており、日中騒音はL eq,16hを主とする航空機騒音全般を、夜間については睡眠妨害を意図した単発騒音を想定している。夜間騒音エリアは、Lnightで決めたのではなく、2007年において最もうるさい機種の単発騒音暴露レベル(SEL:L AE)基準としたようだ。図5に示すのは、住宅防音工事の範囲である。日中騒音の対策範囲はLeq,day 69dBの範囲であり、空港周辺に限定される。日本の対策基準であるLL den 62dBとは評価指標の対象が異なるので明確な比較はできないが、日本より基準は高く範囲は狭い。一方、夜間騒音エリアは昼間騒音エリアよりも明らかに広い範囲を対象とする。
なお、LHR空港は現在、将来の空港容量の拡大に向けて、既存の住宅防音工事スキームの見直し(防音工事基準の引き下げ)に取り組んでいる。
表5 ヒースロー空港の空港周辺環境対策(補償・防音工事)
空港周辺環境対策 | 基準 | 概要 | |
公共施設の防音工事 | 16時間(7:00-23:00) LAeq 63dB以上 (2002年作成騒音コンター) |
・ 騒音コンター内にある公共施設(病院、学校、大学、学校に付属する保育園、ホスピス、老人ホーム、認可保育園、図書館、コミュニ
ティ・ホールなど)を対象にしている。 ・ 対策としては、窓の取り換え、換気装置の設置、防音に関係するその他の施策が実施される。 |
|
住宅移転の助成 | LAeq 69dB以上 (2002年作成騒音コンター) |
・ 騒音コンター内にある住宅の家主を対象に、高騒音地区からの移転費用の助成をする。 | |
住宅防音工事 | Quieter Homes Scheme (QHS) | 16時間 LAeq 69dB以上 (2011年作成騒音コンター) |
・ 騒音コンター内にある住宅を対象に、二重窓の設置、複合ガラス窓の設置、天井への吸音材の設置などの対策をする。 |
日中騒音に対する住宅防音工事 | 18時間 LAeq 69dB以上 (2011年作成騒音コンター) |
・ 二重窓の設置の全額補助。または、屋外に面した窓とドアに限定した複合ガラス窓および天井への吸音材の設置への半額補助。 | |
夜間騒音に対する住宅防音工事 | 2007年において、23:30-6:00の間に定期的に運航していた最もうるさい航空機の騒 | ・ フットプリント内にある住宅の寝室(または、ベッドを設置している部屋)を対象として、窓の取り換え費用の50%の助成、2枚目の
窓の無料設置、天井への吸音材の設置のいずれかを受けることができる。 ・空港周辺の約41000件の住宅の寝室が工事の該当となった。 |
図5 ヒースロー空港の空港周辺環境対策エリア(防音工事)
6. 騒音軽減運航方式
騒音軽減運航方式として、離陸、着陸ともに多くの取り組みをしている。
(1)騒音優先飛行経路(離陸)
離陸機は比較的住宅が密集していないエリアの上空を飛行するため、高度4000フィートに至るまで図6にある優先出発飛行経路に沿って飛行することとされている。
( 2 )離陸騒音制限と1000フィートルール
空港近傍における騒音低減を目的として、離陸飛行経路上の滑走路離陸開始点から6.5 km地点
に騒音監視局が設置されており(図6)、時間帯別に離陸騒音の上限値が定められている。離陸騒音値が上限を超える場合、罰金が課される(詳細は7.2を参照)。また、離陸機が同地点の上空までに高度1000フィートに至ることを定めている。
図7 6~23時(最終離陸まで)のレスパイト運用
ジェット機は、離陸後AIP上の指定ポイントを通過した後、4000 ft以上においても上昇勾配4%以上(標準的な上昇勾配は3.3%)を維持することを定めている。これは、空港から比較的近い地域において離陸機が低高度の飛行を避けるために行われている。
( 4 )滑走路の西風運用(RWY 27R/L)の優先
住宅地が密集する空港東側上空を離陸機が飛行をすることを避けるため、弱い追い風(5ノット以 下)で滑走路が乾いた状態であれば、西風(RWY27R/L)運用での離陸と着陸を優先する。
( 5 )時間帯ごとの滑走路運用変更(レスパイト)
レスパイトとは、複数滑走路を有する空港において、例えば早朝と夜間の使用滑走路を時間や曜日で交替しながら運用し、騒音から救済される静穏時間帯を確保する方式である。LHR空港では、滑走路が西風(RWY 27)運用時、6:00~15:00と15:00~最終便までの間で、着陸用と離陸用滑走路を北側と南側で入れ替えをする。図7にそのイメージを示す。
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入れ替えのスケジュールは1週間ごとに変更され、第一週目には、6:00~15:00の間は北滑走路を着陸用、南滑走路を離陸用に、15時以降は北滑走路を離陸用、南滑走路を着陸用にする。第二週はこのパターンを逆にし、朝は北滑走路を離陸、南滑走路を着陸に用い、15時でその運用を交代し、北滑走路は着陸、南滑走路は離陸とする。このようにすることで、どの地域でも、1日のうちどこかの時間帯で騒音から解放されるレスパイトが実現し、騒音を地域でシェアする。(実際には、計画通り実現できているわけではなく、航空機の運航の状況に左右されることも多いようだが。)
東風(RWY 09)運用時は現時点では日中のノイズシェアによるレスパイトは実施していない。常に着陸は北滑走路、離陸は南滑走路を用いる。この結果、東風運用の際は空港西側・南地区と、クランフォード地区がある空港東側・北地区では、いつも騒音が発生していない。これは、クランフォード地区との協定を受け、09Lの離陸は実施しないためであった。2009年にこのクランフォード協定は終了することを地元住民と協議し、発表された。しかし、東風時のレスパイト運用を実現するために、誘導路の整備や進入方式の調整が必要であり、いまもなおその整備がなされていない。HALでは空港容量の拡大に合わせて、東風運用時にも日中レスパイトを実施することを計画している。
深夜(最終出発便から翌朝6時までの間)は、運用する滑走路を1本に限定し、4週間サイクルで、表6のように運用方向と滑走路の入れ替えを行うことによってノイズシェアを行う。
表6 深夜時間帯の運用滑走路ローテーション
週 | 運用方法 |
1 2 3 4 |
北滑走路にて西側から離着陸 北滑走路にて東側から離着陸 南滑走路にて西側から離着陸 南滑走路にて東側から離着陸 |
( 6 ) APUの使用制限
APUの使用については、夜間(23:30 ~ 6:00)は一定のスポットでの使用が禁止されているほか、機体の大きさによって、出発時は15分から60分前から、到着時はスポットイン後10分から15分後までの制限がある。
(7)リバース・スラストの制限
着陸時のリバース・スラストについて、23:30~06:00の間は安全上支障がない限り使用を制限するよう推奨されている。
7. 深夜時間帯の運航
7.1 深夜時間帯の運航制限
LHR空港は深夜時間帯にカーフューを実施していない。しかし、スケジュール禁止や遅延・早着便の運航制限などを課すことで、実質的に航空機が離着陸をしない時間を設けている。以下では深夜時間帯の運航制限の概要を示す。
LHR空港の夜間運航制限には、政府による規制と空港独自の取り組みがある。政府による規制には、クオータ・カウント(Quota Count: QC)を利用した機材制限と運航回数の制限である。空港独自の取り組みには、離着陸のスケジュール停止時間の設定、早着・遅延便の離着陸禁止、機材の制限などがある。
クオータ・カウントはICAO騒音証明値に基づいて算出する指数である。航空機毎に出発と到着の別に計算され、計算方法は以下のとおりである。
QC離陸=(離陸証明値+側方証明値)÷2
QC着陸=着陸の証明値―9EPNdB
表7に騒音証明値とQC値の対比を示す。騒音証明値は、機種は同じでも装着エンジンや最大離陸重量の違いなどによって異なる。表7の適用機種事例はHAL社のレポートから引用したが、同じA320でもランクが異なる場合があることを表している。
表7 クオータカウント(QC)の区分と機種の例
QC (Quota Count) |
騒音 EPN dB | 該当例 | 運航禁止等の措置 | ||
着陸 | 離陸 | Night Quota (NC) period (23:30-06:00) |
Spoulder Period (23:00~23:30, 6:00~7:00) |
||
16 | 101.9を超える | B741, B743 | 運航できない | 運航できない | |
8 | 99.0~101.9 | B741, B707 | B743 | 運航できない | 運航できない |
4 | 96.0~98.9 | B743 | B744, B777 | スケジュール禁止 | |
2 | 93.0~95.9 | B777, B767 | A320, B738, B777, B788 | ||
0.5 | 87.0~89.9 | A320, B738, B777, A330, A380 | A320, B738, B787, A359 | ||
0.25 | 84.0~86.9 | A320, A319, B789 | A320 | ||
0.125 注) | 81.0~83.9 | A320 Neo | A320 Neo | ||
0 | 81.0未満 | E195 | GLF 4 |
注) 0.125は2018 /10から適用
図8はLHR空港の深夜時間帯の運航制限の枠組みである。政府による規制は、Night Period (23:00 - 7:00)とNight Quota Period (23:30 - 6:30) ごとに課されている。Night Periodの政府の規制として、QCが16と8の航空機の離着陸が禁止されている。この基準に従うと、B747 classicはこの時間帯には運航できない。
図8 LHR 空港の深夜時間帯の運航制限の枠組み
Night Quota Periodの政府の規制として、夏季(4月1日~10月31日)と冬季(11月1日~3月31日)ごとに、離着陸数とQCについて、それぞれの期間における累積値に上限が定められている。例えば、2018 - 2019年の冬季の累積値の制限は、運航回数で2,550回(1日あたり16.9回)、QCで2, 415(1日あたり16.0)である。なお、この時間帯には、空港が独自にQCが4の航空機(例えば、B744の離陸、B743の着陸)のスケジュール設定を禁止している。
また、自主的な制限として、離陸は22:50~6:00において、着陸は23:05~4: 45において、定期便スケジュールは設定できない。4: 45~6:00の着陸スケジュールは回数の制限と低騒音機材の条件が課せられる。また、23:30~ 1:00までに遅延便に対する年間の離着陸総数の制限、4:30以前には、早着便
の着陸禁止なども課している。これらの制限により、1:00~4:30においては緊急時などの例外を除き、航空機の着陸と離陸はない。また、制限ではないが、6:00~の着陸スケジュール便が5時台に早着したら5倍の着陸料金が課せられることになるので、精神的制約となるだろう。
7.2 騒音軽減のための措置
LHR空港、ガトウィック空港、スタンステッド空港は、政府が騒音低減を目的として航空機の離陸と着陸に関する規制を課すことができる指定空港である。政府による騒音規制の一つとして、これらの空港を離陸する航空機の騒音の上限を定めており、上限を超える航空機に対して罰金を課している。
前掲図6は優先出発飛行経路と離陸騒音を検証する騒音監視局である。優先離陸飛行経路の直下付近(滑走開始から6.5 km地点付近)に、空港西側と東側それぞれ6つの騒音監視局が検証点として設置されている。
表8は時間帯ごとの離陸騒音の上限と罰金額である。日中、ショルダー、深夜の順で騒音上限値は低く、罰金額は高くなっている。日中で97dBを超えることはめったにないだろうが、23~7時の間の89dBや87dBは、パイロットとしても少し気を付けなければならないレベルだと思う。
表8 騒音検証点における離陸騒音上限値と罰金額
期間 | 時間 | 上限値(dBA) | 罰金額 |
日中 | 7:00~23:00 | 97 | 500 £/dB |
ショルダー | 23:00~23:30 6:00~7:00 |
89 | 1,500 £/dB |
夜間 | 23:30~6:00 | 87 | 4,000 £/dB |
表9に示す、過去の超過件数は2013年で43件だったが、年々減少し、2017年には22件だった。2018年にはさらに減り、全離陸便のうち6便(日中4便、夜間2便)が騒音上限を超過したにとどまっているようだ。罰金の使途はHeathrow Community Fundに寄付され、資金交付を希望する地元プロジェクトが提案を行い、一定の審査を経たものに最大25,000 £の資金が交付される(表10)。
表9 過去の騒音超過件数と徴収罰金額
年度 | 件数 | 金額(£) |
2013年 | 43 | 22,500 |
2014年 | 35 | 33,500 |
2015年 | 36 | 104,500 |
2016年 | 36 | 170,500 |
2017年 | 22 | 72,000 |
表10 徴収罰金額の使途の例
(配布希望のプロジェクトの提案)
プロジェクト名 | プロジェクトの要旨 |
隣人プロジェクト | 人々を結び付け、より強いコミュニティを築き、社会的交流及び社会的包含に貢献する効果的な長期のレクリエーション活動を実施する。プロジェクトは地域社会からの孤立、断絶に取り組み、高齢者が活動的な市民であることを支援する。 |
孤立高齢者の コミュニティ活動 参加プロジェクト |
孤独と孤立を軽減し、自立を高め、生活の質を高め、社旗的交流を促進するために、読み物/映画クラブ、裁縫、料理などの文化的活動を週1回行う。 |
8. 地域共生の仕組み
LHR空港は、空港、航空産業、政府および地域との共生と透明性の確保を主な方針として、航空ステークホルダーと地域との協議会を多数設けている。
1) 苦情は、ヒースロー空港会社が無料電話や電子メールにより受け付けている。寄せられた苦情については、ヒースロー空港会社が分析を行っている。苦情は、飛行ルートの変更時に苦情が増加している。苦情が多い時間帯は夜間の23時半から翌朝6時であり、時期は窓を開放する夏期が多い。なお,定期的に電話によって苦情を訴える者は全体の30 %程度であり, こうした者の苦情処理が最も困難であるとのことであった。
(1)ヒースロー地域協議会
航空機騒音監視諮問委員会(Aircraft Noise Monitoring Advisory Committee; ANMAC)は1990年代のはじめ政府により、騒音監視システムの運用について、空港にアドバイスをすることを目的とし、設立された。メンバーは英国の管制サービスプロバイダ(NATS)、民間航空局の環境調査部、スケジュール委員会などの代表、空港の代表(ヒースロー、ガトウィック、スタンステッ
ド)、技術アドバイザーなどが含まれている。
( 3 )ヒースロー地域騒音フォーラム
ヒースロー地域騒音フォーラム(Heathrow Community Noise Forum)はLHR空港の運用方法について、地域の代表と空港・航空関係者が同じレベルでの理解を確立するために設立された。フォーラムでは、現状の運用方法の他に、ヒースローの空域の近代化や飛行経路の変更に関する計画や関係する調査に関しても議論している。
( 4 )ヒースロー戦略的騒音諮問グループ
ヒースロー戦略的騒音諮問グループ(Heathrow Strategic Noise Advisory Group; HSNAG)は地域と 空港・航空関係者間に、航空機騒音の低減と地域の要望に対する共通の理解を確立することを目的としている。HSNAGには住民グループや地元自治体の代表なども参加しており、新たな騒音低減策の速やかな導入に向けた話し合いなどがなされている。
9. 環境監視と情報公開
9.1 空港騒音と運航マネジメントシステム
LHR空港では空港騒音と運航マネジメントシステム(Airport Noise and Operations Management System. ANOMOS)という航空機騒音と経路の監視システムを導入している。ANOMOSはNATSから航空機の高度、飛行経路、特定地点における対地速度、個々の航空機を識別するためのコールサインなどの情報の提供を受けている。これらのデータと騒音監視局のデータを用いて、離 陸騒音の上限値や騒音軽減運航方式の順守などの監視に利用している。
9.2 騒音監視システム
LHR空港の騒音監視システムには、離陸騒音の監視を目的として、滑走路の離陸開始点から6.5km地点に、西側6局、東側6局が設置されていた。
2016年LHR空港は新たに50基の騒音計を購入し、2017年から2018年にかけて運用を開始することを表明した。そのうちの12機は離陸騒音監視用の騒音計の取り換えに用いられている。別の12機は、急上昇方式の離陸のトライアルで使用された。残りについては、常時監視や短期測定に用いられている。航空機の騒音値と飛行経路が閲覧できる動的Webサイト(WebTrak)を見ると、確かに多くの騒音測定局が設置されていることが理解できる。
9.3 情報公開システム
HALは騒音測定局の騒音瞬時値と飛行経路が動的に確認できる情報公開システム(図9)を用意している(WebTrak)。現在情報は20分遅れで表示される。過去履歴は1年分をさかのぼったデータの閲覧が可能である。保存期間の長さは世界でも珍しい。この改良は地域からの要望を受けて行われたとのことである。利用者は、WebTrakを用いて経路順守違反等をした航空機(会社や機種を含む)を特定し、クレームの申し出までできるようになっている。
図9 騒音と飛行経路の情報公開画面の例(〇印は常時監視局)
10. その他
Fly Quiet and Greenプログラムは、ヒースローが航空機の騒音を低減するために取っているステップの1つで、航空会社はより静かな航空機を使用し、可能な限り静かに飛行するように奨励する。これには、航空会社を騒音性能に応じてランク付けするリーグテーブル「The league table」が含まれる。「航空会社番付」を公表する取組みを行っている。この制度は、空港を利用する航空会社に対し、長所と短所を特定し改善対象を明確にすることで騒音対策の一助としている。具体的には、LHR空港の乗り入れ航空会社の運航便数上位50社を独自7項目(平均QC値、座席当たりNOx排出量、CDA利用率、スケジュール外運航状況など)で評価し、騒音影響の少ない機材、運航方式、時間帯で運用してもらうための動機付けとして、評価結果を3か月ごとに公表している。なお、番付が上位に位置付けられることによる金銭的なインセンティブはない。
図10 ヒースロー空港に乗り入れる航空会社の「環境番付」
The League Table の例
https://www.heathrowflyquietandgreen.com/category/2019/
参考文献
1) Civil Aviation Authority (2018)“ Strategic Noise Maps for Heathrow Airport 2016”, ERCD Report.
2) Civil Aviation Authority (2018)“ Departure Noise Mitigation: Main Report”, ERCD Report.
3) Heathrow Airport Limited (2019)“ Noise Action Plan 2019”.
4) Heathrow Airport Limited (2019)“ Noise Insulation Policy 2019”.
5) Heathrow Airport Limited (2018)“ Airspace and Noise Performance - Annual Report 2018”.